好きだけじゃ足りない
カランカラン―…と小気味良い音を奏でるベルを鳴らしながら開いた木製のドアの向こうから懐かしい香がする。
「いらっしゃい……これは珍しい客だな。」
「ども、久しぶり。マスター」
バーカウンターの中に立つ人、この店のマスターは昔と寸分も変わらないダンディなおじ様だ。
マスターは伊織に片手を上げてにこりと笑い、後ろに立っていた私を見て驚いたように目を丸くした後、同じように笑ってくれた。
「日本に帰ってたんだな、メグちゃん。」
「はい…お久しぶりです。マスター。」
最後に来たのは四年くらい前なのに覚えていてくれた事に安堵して自然と笑顔になれる。
伊織が座るカウンター席の隣に腰を掛けて、店内を見渡しても時間が止まったかのように何も変わらない店。
「マスター、なんか食い物。」
「お前な……有り合わせしかできないからな。
メグちゃんは?何か食べる?」
「私は……紅茶ください。」
当然のように食べ物を要求する伊織に呆れながらもそれを聞いてあげるマスターは大人だと思う。
私なら間違いなく殴り飛ばすか蹴り飛ばすかしてやるのに。
店内に流れるゆったりとした音楽と、マスターが料理をする音。
変わらない安心感に一つ深呼吸をする。
「はい、ミントティー。」
「あれ?私…」
「ん?メグちゃん疲れてるみたいだからこっちの方が疲れもとれるよ。」
出されたミントティーから柔らかいホッとするような湯気と香りが私を包んでくれる。