好きだけじゃ足りない
近くにいると嫌でも円香さんの声が耳に入ってくる。
それが嫌で、邪魔しないで。なんて言える立場じゃないのに思ってしまう。
「今日?帰らねぇよ。」
『……―………ょ?』
「とにかく、今日は無理。」
何を言ってるかまでは聞き取れなくても、円香さんが伊織に帰ってこいと言っているのだけはわかる。
邪魔、とかじゃなくて…ただ円香さんの声が耳に入るのが嫌で立ち上がろうとしても、腰にがっしりと巻き付く腕で離れる事すらできなかった。
「切るぞ。」
『―…って!』
「……なんだよ。」
巻き付く腕で体を引き寄せられて、電話してる癖に首筋に舌を這わす伊織。
「っ…い…」
『…れかいるの?』
「っ…!」
「あ?だったら?」
密着した分だけ聞こえる円香さんの声に息を呑んで黙っても、コイツは妖しく笑いながら円香さんの言葉に否定も肯定もしない。
「切るぞ。」
『ちょっと、伊織!』
パチンと折りたたみの携帯電話を折り畳んで、隣に密着したままの私を見てまた妖しく笑う。