好きだけじゃ足りない




「…メグ……」

「っ、…初めまして、藤和印刷所の高波です。

これからお世話になりますので、ご挨拶に伺いました。」


――…ちゃんと挨拶できたのだろうか。

動揺を見せずにきちんと貴方に挨拶できたかはわからない。



「……………部長の英です。
こちらこそ、よろしくお願いします。」

「…ご挨拶だけなので、今日は失礼させていただきます。
仲町さん、失礼しますね。」


これ以上、彼の顔は見ていられない。
見ていたら、私は自分でも抑えられない位に取り乱しそうで。

仕事なんだよ。仕事ではそんな失態は絶対に許されない。
ましてや、この会社はウチにとってはかなりの大口だから。



彼と仲町さんに頭を下げ、すぐに総務課を出た。


どうして…?

どうして今、会わなきゃいけないんだろう。
よりによって前に進むと決めた日にどうして会ってしまうんだろう。



走る訳にもいかずに、できるだけ早歩きで廊下を進む。

シンプルで厭味のない社内は清潔感が漂っていて、今の私にはミスマッチ過ぎる。


笑っちゃうね。

忘れるなんてできないのはわかっていたけど、三年も経つのにまだこんなに取り乱すんだから。


自分は強いと暗示を掛けつづけてきた。



だけど、意図も簡単にその牙城は彼によって崩されてしまう。



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