好きだけじゃ足りない
「昨日、お前途中で気失っちまったからなぁ。」
「っ…誰のせいよ!」
「ん?俺。つーか、俺以外だったらそいつ殺すわ。」
サラリと怖い事を言う伊織に息を呑んだ。今の私には冗談には聞こえてはくれない。
眉を寄せて、伊織から目を逸らせば上から降って来るため息。
「冗談だって。」
「……冗談じゃなかったら困るから。」
唇を尖らせて文句をいえば苦笑いのまま頭を撫でられる。
伊織はこんな冗談を当たり前に言うけど、私にはきつい。
ただ罪悪感が募っていくだけで、嬉しいとは思えない。
「今日、どっか行くか?」
空気を読んでか、話題を変えてくれる。回された腕に力が篭って伊織の顔が異様に近い。
「良い…、伊織と一緒だったら此処で良い。」
これは紛れもなく本心だった。
一緒にいられるならどこだって構わないんだよ…。
私ってこんなに寂しがりで甘えただったかな。
頭の隅っこでそんな事を考えながら伊織の背中に腕を回した。