好きだけじゃ足りない
テレビは付けずに、ステレオを付けてゆったりとした洋楽を聞く伊織の横顔をキッチンから見る。
ブラウンの長めの髪、いつもは前髪も今は横顔を覆うように垂らされている。
腹が立つくらいに整った顔立ちは横顔だろうがカッコイイ。
「んなに見たら穴開く。」
「っ…見てない!」
にんまり顔のコイツから慌てて目を逸らして、シンクに置いた二つのマグカップに視線を向けた。
伊織とこの関係になってからすぐ、買ってきてくれたお揃いのマグカップ。
他にも箸や食器、歯ブラシやら洗顔やら…いつの間にか買い揃えてくれた生活用品を見ると意識なんてしなくても口許が緩んでしまう。
「…なーににやけてんだよ。」
「っ、いきなり後ろに立たないでって!」
マグカップを緩んだ口許のまま見ていたら腰に感じた圧迫感に心臓が有り得ない早さで脈打つ。
私の気持ちなんて露知らずな伊織は頭の上に顎を乗せて、一層強い力で腰に腕を回したまま動かないし…。
「伊織……動けない。」
「なぁ、なーんか良いよな。こう言うの。」
頭の上の伊織の顔をどかして、見上げればにんまりじゃなくて優しく目を細めて笑う表情にまたドキリとした。
「メグといたらこうなったんだろうな。」
今度はちょっと苦しそうに口許を引き締めて。
伊織がどう言う意味で言ったのかなんて聞かなくてもわかっていた。
「ほら、コーヒー冷めちゃうよ」
それでも、こんなに苦しそうな顔なんかさせたくなくて無理矢理に伊織をキッチンから追い出す。
今は、そんなこと考えたくなんかないんだよ。