好きだけじゃ足りない
こんな時、普通の恋人ならどう反応するんだろう。
怒る?行くなって喚く?それとも、泣く?
残念な事にどれも私にはできない。いや…できないんじゃなくて、する資格はない。
「約束……円香さんでしょ?」
「……いや…」
「伊織…昔から嘘つくの下手くそだよね。」
伊織がいても気にしないでビジネススーツにさっさと着替えた私。
伊織の約束の相手は円香さんだと核心を持って問い掛けたら、嘘つく時の癖をおまけにして言葉を濁した伊織に苦笑いしかできない。
「…なにがあったって奥さん優先させなきゃ駄目だよ。」
苦笑いをしたまま出てきた言葉に自分自身が一番驚いた。
そんな事微塵も思っていないくせに口から出た言葉。
自分自身も驚いたけど、伊織は驚いたと言うよりは不機嫌そうに私を見ている。
「…それ、本心か?」
「なに…が?」
「円香を優先しろって…それがお前の本心なのか?」
耳に届く伊織の声が妙に頭に響いた。
本心か、なんて聞かなくたってわかってるはずなのにそう聞いてくる伊織はずるい奴だと思う。
厳しい声に厳しい表情のまま、私の左腕を掴む伊織を眉を寄せたまま睨みつけていた。