好きだけじゃ足りない
昼はカフェ、夜はショットバー。そんなこのお店はマスターの夢だって昔に聞いた。
このお店を開くためにマスターは結婚すらしないで独り身だとも聞いた。
ミントティーを煎れてくれているマスターの後ろ姿を見ながらそんな昔の事を思い出して、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
「はい、どうぞ?」
「ありがとうございます。」
カチャカチャと音を立てるカップを両手で包むように持ち上げて一口含んだら、伊織とこのお店へ来た時の事を思い出してしまう。
「伊織と何かあったのかい?」
「……―どうして…?」
「ん?伊織が君から離れるのは無理だろう?」
マスターには伊織との関係は話した事なかったはずなのに、気付かれていたんだ。
私が言えない言葉の端を汲み取りながら答えてくれたマスターにまた目尻に涙が溜まる。
「伊織は君に依存していたからな…、あいつが女の子を此処につれて来たのは後にも先にも君が初めてだよ。」
「…………円香さんは?」
「あぁ…彼女はね、連れて来たんじゃなくて無理矢理ついて来た感じだな。」
目尻に溜まった涙は拭うよりも早く頬を伝って落ちた。
悲しい涙なのか、それとも嬉しい涙なのか…わからないような涙だった。
「昔、俺もメグちゃんと同じ立場にいた事があってね…」
涙が止まらない私の頭をポンポン撫でながら、マスターの口から出てきた言葉に思わず目を見開いてしまった。