好きだけじゃ足りない
「不倫……?」
「そう、でも俺は不倫とは思いたくなかったよ。」
苦笑いのマスターの瞳はどこか遠くを見ていて、寂しいと言うか、それよりもその想い人を慈しんだ瞳にすら見えた。
「結婚はね、要は法律でただ守られるだけの契約なんだよ。」
スルリと当たり前のように言う言葉の中にはどこかで自分にそう思わせようとしている響きがあって、それが少しだけ悲しかった。
「それでも…俺やメグちゃんがしてきた事はどうあっても正当化はできないけどな。」
「わかってます…、だからさよならしたんです…私。」
どれだけ頑張っても、足掻いても、日蔭は日向にはなれない。
月が太陽になれないように。
包むように持ち上げたカップに入ったミントティーが波紋を作って、水面に映る私の姿も波紋と一緒に歪んだ。
「私は…どう頑張っても円香さんにはなれないから。
お金も権力も…後ろ盾ですらないただの小娘だから……伊織の役には立てないんです。」
伊織の実家はよくは知らないけど、拓海さんの実家と同じくらい大きな家だって聞いた。
いずれは伊織が継ぐなら、後ろ盾がある円香さんと一緒にいたほうが絶対に良いはず。
そんな思いがただ私のエゴだったなんて、この時は微塵も思いはしなかった。