好きだけじゃ足りない
マスターは私の言った事が何か不愉快だったのか、眉を寄せて私を見ている。
「それを…そんな事を本気で考えているなら君は伊織には相応しくないな。」
その声は私の胸にずっしりとした石のように居座った。
伊織に相応しくないなんて自分が一番よくわかっているのに。
両手で持ったカップが割れるんじゃないかって位に力を入れて握ってしまう。
「メグちゃん、相手や自分の利益不利益を考えるような関係はなんの意味もないだろう?」
「でも…っ」
「君は伊織に何かを求めて関係を続けていたのか?違うだろう?」
厳しい中にある優しさ。
その優しさに包まれた言葉に考える事もなく、気付いてしまった。
伊織は一度も私に何かを求めた事なんてなかったんだ。
ただ、傍にいるだけで良い。ってそれしか私に望まなかった。
「伊織は何か利益を求めて君を選んだわけじゃないだろうな。
利益を求めるならそんな関係には手も出さないはずだよ。」
誰が一番危ない橋を渡っていたか、なんて考えなくたってわかる。
伊織を理解したふりをして、何も理解できていなかったのは紛れもなく自分だったんだ。