好きだけじゃ足りない
一番大変なのは私なんかじゃなくて、伊織だった。
それに気付かされて、何も言えなかった。
ただ、申し訳なさとどこまでも私を想ってくれていた伊織への想いが高い高い壁のように私の心の中にできるだけ。
「言葉にしてしまった事は撤回はできないけどね、訂正するくらいならできるんじゃないか?」
撤回ではなく訂正。
一度違えてしまった道は二度と戻れはしないけど、違う道を作る事はいくらでもできるはず。
マスターに気付かされた事、それは私の気持ちを新たな道へ導いてくれた。
「マスター、ありがとうございました。」
「伊織の所に行くのかい?」
椅子から立ち上がり頭を下げればマスターは私の頭をポンポン撫でながらそう聞いてくる。
行きたい、伊織のいる場所に行きたい。
それでも、今の私にはそこに行く資格はまだないんだ。
「いいえ。今の私は伊織に会う資格なんてありません。
きちんと…全部片付けたらもう一度、伊織に告白します。」
誰に何を言われようと、私の心はもう決まった。
どっちに転ぶかはわからない。
それでも…逃げずに向き合わなければ未来なんて見えない。
カウンターの上に千円札を置いて、もう一度頭を下げる。
「――…CRYSTAL、駅前にある店に行くと良いよ。」
「え?」
「その店に君の会いたい人がいるはずだ。」
これから何をするか、何も言っていないのに悟ったようなマスターに苦笑いを浮かべてしまう。