好きだけじゃ足りない
「じゃあ入っても大丈夫だろ?」
「ちょ…っと!」
「何だよ。美奈さん居ないなら別に良いだろ?」
そう言いながら既に家の中に入り込む伊織にため息しかでなかった。
それに、自分の母親の事を名前で呼んでいる伊織にもまたため息が出てしまう。
全部ちゃんと片付けてから会いに行こうと思ってたのに、そんな計画は良いのか悪いのか…見事にぶち壊してくれる伊織は我が物顔でリビングまで足を進めている。
仕方なく伊織の後を追い、リビングに行けば何も言わずに私を見ている。
「…なに?」
「なに?じゃねぇよ。昨日のあれ、なに?」
射るような視線に言葉が出せずに視線を逸らして黙り込んだ私に盛大なため息が聞こえた。
「メグはあれで俺と別れられるとでも思ってたのか?」
伊織は足音も立てずに何も言えずリビングに立ち尽くす私の目の前まで来て、見下ろしている…と思う。
俯いた私には伊織の足しか見えていないから定かではないけど。
「こっち向け。」
「や…っ」
「良いから!」
耳元で聞こえた怒鳴り声に恐怖と言うよりは安心してしまう。
怒鳴り声でも伊織の声を聞ける。
伊織が近くいる。ただそれだけなのに滑り落ちる涙を止められなかった。