天使の足跡
2
ブラインドの隙間から陽の光が差していて、僕は目覚めた。
寝ぼけた目をこすりながらブラインドを上げると、一気に日光が部屋を満たした。
出かける準備をして部屋に鍵をかけ、駅に向かう。
ホームに立って辺りを見回し、また偶然に彼女に逢えないだろうか、という小さな期待を抱いていた。
でも、彼女はどこにも見当たらない。
──不思議な感じだ。
見ず知らずの、赤の他人。
それなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう?
彼女がいなくなって、何か物足りなさを感じていた。
その理由はよく分かるのだけれど(ヒトメボレしたせいだ)、それだけではない気がする。
「これでもう二度と会うことはないだろう」と思うと、やるせなささえ感じる。
……切ない……
そういう感情。
* * * * * *
「なあ槍沢、お前『あの子』見たことある?」
授業中に、隣の席の田中が言った。
首を横に振ると、田中は更に声を殺してこう言うのだ。
「最近噂の奴だよ」
「え?」
「俺さあ、昨日見たんだよな、そいつ。想像と違ってビックリした。南高の生徒なんだってさ。夜中、頻繁に街を歩いているらしい」
「へえ……」
確認しなくとも、誰の話なのか分かった。
2年生になってから、結構その噂を耳にしていた。
南高校の、不良生徒の話だ。
僕はそいつを知っている。
だから早くその話が終わってくれないかと願っていた。
そんな僕の気持ちを知らない田中は、次々に『オオタ』の話を並べていく。
「そのバイトっていうのが、どうもヤバイらしい。黒いことしてるって噂だ」
言いながら、歯を噛みしめた。
「あと、東高の不良を殴り飛ばしたって噂もあるし、片っぱしから金巻き上げてる噂も……」