天使の足跡
その後も田中の話は続いていたが、僕はもう、耳に聞こえないほど意識の外に追いやっていた。
田中も噂ばかり鵜呑みにしているけど、彼女と実際に話したことなどないのだろう。
田中の話は噂にオヒレをつけたようなものだ。
証拠なんてない。
僕も昨日初めて会ったから、全て分かった訳じゃないけど、雰囲気で悪い奴じゃないってことくらいは分かる。
それこそ根拠はない。
だけど、田中が言うようなヤバイ奴なんかじゃない、と断言できる自信はあった。
(──違う。そう思いたいだけだ──)
金のやり取りをする現場をこの目で見てしまった。
やっぱり、田中の噂も少しは当たってるのかな……
「……──だから、槍沢も気をつけろよ」
「──え? 何が?」
突然、現実に呼び戻されて慌てた。
田中はため息をついた。
僕が話を聞いていないと思ったらしい。
「だから、あの子のことだよ! お前、夜遅くまでバイトしてるだろ? 絡まれるなよ? 何されるか分かんねーぞ」
芝居がかった口調で殴りかかるポーズをする田中。
「あ……うん、気を付ける……」
僕の気持ちは、田中のその言葉に大きく揺らいだ。
始めはオオタがいい奴だと思っていたのに、なぜか田中の言葉の方が切実に聞こえてならない。
オオタとはたった1日のつき合いで、
田中とは1年くらいの付き合いになるのだから、僕の信頼は少し田中寄り。
悪いことをして平然としている彼女と、それを批判する田中の考えでは、やっぱり田中の方が正しい……
そう思ってしまう。
僕の心の中では、2つの気持ちが対峙していた。