天使の足跡
4
土曜日の休日になると、僕はバイトで稼いだ給料で、楽譜を買いあさった。
最近の歌で、ギターで弾けるものを選び練習し、十分にギターの腕を磨いた上で新しい作曲に踏み切ろうと決めていた。
昼になってアパートに戻るなり、ギターを取り楽譜を広げた。
ベッドの上で胡座をかいている太田は、それを一冊取ってパラパラめくっている。
「ギター、弾けるんですか?」
「まあね。本当はさ、歌いたくてこっちに来たんだ」
「親は許してくれた?」
「ううん、口実作って出てきたから」
「やっぱり」
やっぱり?
僕には何が「やっぱり」なのか検討もできなかったけど、それほど気にもしなかった。
その話題に乗って、僕は太田のことを尋ねてみる。
「太田は? 夢とかないの?」
「小さい頃は、医者になりたいって思ってました」
「それ、かっこいい!」
「今は違いますよ。勉強とか試験とか、自信ないし。だから、普通に就職して、普通に生活できたら、それでいいです」
と言って、ごまかされた。
きっと勉強の問題ではなくて、話したくないだけに決まっている。
なぜなら、彼は秘密主義者と言っていいほど、自分のことについて多くを話したがらないからである。
聞かれなければ答えないし、聞かれたくないことは絶対に話さないのだ。
「槍沢くん、何か歌って」
僕は首を横に振ったが、彼が「お願いします」と微笑むので、仕方なくギターを抱え直す。
そんな顔をされて頼まれたら、断るにも断れない。
「下手クソだよ? いいの?」
「だったら尚更聞いてみたいです」
「げっ、嫌な奴! ……じゃあ何も言うなよ、緊張するから。それから、演奏中はずっと他の方向いてて。頼むよ」
とか言いながら、今まで散々練習してきた曲を、恐る恐る演奏し始める。