天使の足跡
6
1年生の頃のテストは最悪だったが、今回のテストでぐんと成績が上がったのは太田のおかげだ。
これで、楽しい夏休みを迎えられる。
夏休みは僕にとって、歌を磨き、ギターに専念できる有意義な時間だ。
補習はもちろん大事だと思うけど、これくらい長期の休みにでも羽を伸ばさなければ、日頃のストレスは発散できない。
そこで、だ。
夏休み初日、部活とバイトばかりの太田を外に連れ出すことにした。
うるさい街の通りなんかよりも、静かなところに行こうかと考えていた。
「──そう思うんだけど、どう?」
「いいけど……」
ドアに鍵を掛ける僕に、太田が訊ねる。
「どこに行くの?」
「どこでもいいだろ」
「うーん……?」
太田は首を傾げた。
向かったのは、僕のお気に入りの場所。
草原の斜面を下ると広い川が流れていて、人もあまり通らないこの河川敷だ。
草原の斜面に腰を下ろすと、涼しい風が僕らの頬を撫でていく。
「ここで、よく歌の練習するんだ」
こっちに来てから僕は、ちょっとしたことで何度も挫折しそうになった。
それは学校のことであったり、お金のことであったり、あるいは友達、……そして、歌のことであったり。
『これが自分の才能だ』と信じ込んでいたことに突然自信をなくしてしまうことは、よく聞く話だ。
歌は好きだし、ギターも好きだ。
けれど故郷を出た時は、周りの冷ややかな視線や嘲笑するような声が、僕の夢を否定しているように感じられた。
不安が積もり積もった日にはよくここに来て、独りきりでひっそり練習したものだ。
「いい場所だね。今まで気づかなかったけど」
太田の澄んだ声は、河原を駆け抜ける爽やかな風と同調していた。
太田は腕を組んでその場にしゃがんだ。
涼しい風が僕らの髪を揺らしている。