天使の足跡






1年生の頃のテストは最悪だったが、今回のテストでぐんと成績が上がったのは太田のおかげだ。

これで、楽しい夏休みを迎えられる。


夏休みは僕にとって、歌を磨き、ギターに専念できる有意義な時間だ。

補習はもちろん大事だと思うけど、これくらい長期の休みにでも羽を伸ばさなければ、日頃のストレスは発散できない。


そこで、だ。

夏休み初日、部活とバイトばかりの太田を外に連れ出すことにした。


うるさい街の通りなんかよりも、静かなところに行こうかと考えていた。


「──そう思うんだけど、どう?」

「いいけど……」


ドアに鍵を掛ける僕に、太田が訊ねる。


「どこに行くの?」

「どこでもいいだろ」

「うーん……?」


太田は首を傾げた。





向かったのは、僕のお気に入りの場所。

草原の斜面を下ると広い川が流れていて、人もあまり通らないこの河川敷だ。


草原の斜面に腰を下ろすと、涼しい風が僕らの頬を撫でていく。


「ここで、よく歌の練習するんだ」


こっちに来てから僕は、ちょっとしたことで何度も挫折しそうになった。

それは学校のことであったり、お金のことであったり、あるいは友達、……そして、歌のことであったり。

『これが自分の才能だ』と信じ込んでいたことに突然自信をなくしてしまうことは、よく聞く話だ。


歌は好きだし、ギターも好きだ。

けれど故郷を出た時は、周りの冷ややかな視線や嘲笑するような声が、僕の夢を否定しているように感じられた。

不安が積もり積もった日にはよくここに来て、独りきりでひっそり練習したものだ。


「いい場所だね。今まで気づかなかったけど」


太田の澄んだ声は、河原を駆け抜ける爽やかな風と同調していた。


太田は腕を組んでその場にしゃがんだ。

涼しい風が僕らの髪を揺らしている。
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