天使の足跡

「太田……?」


ベッドの上に上体を起こし、確認してみる。

すると意外にもその答えは部屋の中から返ってきた。


「呼んだー?」


洗面所から向かってくる、あくび雑じりの暢気な声。


僕はがっくりと、一気に脱力した。

安堵ではなく、これは損に近い。


「おはよう。生活費持ち逃げされたと思ったでしょ?」


笑みを浮かべている。


「そのつもりなら、とっくにしてるはずだろ」

「心配なら、使えないようにしておく?」


と、僕に両手の内側を付けて見せた。


「そんな心配してないって」


冷めたように窓を見ていた太田の視線が僕を一瞥し、ふっとまた笑みを浮かべた。


「そう? なら良かった」


僕も笑ってベッドから下りた。


「槍沢くん、気分転換に掃除でもしない?」


何の前触れもなく、太田が提案を出す。

太田は意外としっかり者らしい。

きれい好きで、こういうことは定期的にやっているようだ。


面倒臭がり屋の僕は、自分からはあまり動かなかったけれど、太田が
「これはそっちに置こうよ」
「これ捨ててもいいの?」
「これ拭いといて」
とそれとなく僕を動かすものだから、結構疲れた。
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