天使の足跡

僕は手を休めて、太田からカバンを受け取る。

太田は、「ありがとう」と笑んだ後に「先、借りるね」と続け、バスルームへ駆け込んでいった。


水浸しの鞄を邪魔にならなそうな所に置き、再び夕飯の準備に取り掛かる。


時々バラエティ番組を覗きつつ、着々と進んでいく準備。

太田がバスルームに入ってから、20分くらい経っただろうか。
その頃、ベッドの上に置かれた物に気づいて、二度見する。


ベッドの上に、畳まれたまま置かれているのは、紛れもなく太田の部屋着やタオルだ。


「……取り込んだままだった……」


帰ってきてからすぐに取り込んだが、湿っぽいから少し乾かそうと思っていて、そのまま忘れていたのだ。


結局、僕がそれを持っていく羽目になってしまった。


「太田ぁー」


語尾を伸ばして呼びかけながら、脱衣所のドアを開ける。

男同士だし、別に気を遣う必要もないと思っていた。


「これ、太田のタオル──」


ちょうど風呂場から出てきた所らしかった。

頭から滴り落ちる水が、白い肌の上を流れていくのが見えた。

その肌に似合うだけの細い肩に、腕に、胸板、男子にしてはあまり筋肉のない腹部、そして──


「あ……!」


驚いたように言ったのは太田だ。

僕も同時に驚いていた。




──見てしまった──




意識とは関係なく、その口が物を言えなくなり、開いたまま閉じなくなった。



その時、僕は。


今までにないくらい、動揺していた。


この目に映った太田の体が、とても『不思議』だったから。


太田は僕の手から手荒くバスタオルなどを取ると、それで体を覆い、背を向けた。


「ありがとう……もういいから……出てって」


冷静な一言が僕の耳にかろうじて届く。


取りあえず外に出なければという意識を呼び戻す。

それまでは、そういう考えを持つことさえ気付かないほど動揺していたのだ。


太田から大袈裟に視線を逸らした。


「ご、ごめん! 本当に……ごめん!」
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