天使の足跡


(……儚げな笑顔の裏で、こんなに悩んでいたなんて知らなかった……)


知らないで、ひどいことをしてきた。

出会った頃、女の子に間違えたこと、恋人の話を持ち出したこと……。


もしかしたら、他にも傷つけるようなことを散々してきたかもしれない……。


僕は、究極の無神経だ。



「ごめん……」


かろうじて呟ける声は、まるで蚊のようなものだった。


「槍沢くんが謝ること、ない」

「でも……」


太田は俯いて首を振り、笑った。

空元気の笑みだ。


「半端に優しくしないでよ、そんな温もりなんて、空気と同じですぐ冷めるんだから」

「そんなつもりじゃ……」

「ははっ、冗談。槍沢くんは優しい人だから」


俯き加減にやおら立ち上がり、水浸しの制服と鞄を掴んで玄関の方へと歩く。


「太田……」


僕は、ドアノブに手を掛けた彼を呼び止めた。

少しだけ振り返った太田は、困った風な微笑みをして、僕が何か言う前に、


「休みの宿題、忘れてきちゃって。ちょっと取りに行ってくるね」


そう言い残して、ドアを押す。


太田がドアを開けたのと同時に、強かな雨音と匂いが、部屋に迷い込んでくる。




──そしてドアが閉まると、何も聞こえなくなった。




途方に暮れて、冷たいドアを見つめていた。




もう、僕の心音すら聞こえない。



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