紙吹雪
《奪われた視線》
あの会話から数日経ったある日のこと。
試衛館近くで実家の石田散薬を売った帰り、歳三は珍しく女からの誘いを断っていた。
あの日以降、勝太の言った言葉が頭から離れず歳三を支配している。
『一人の女を愛してみるとか』
そんな事、今まで一度だって考えたことはなくて。
(楽しく後腐れ無いのが一番だと思うし、そもそも相手も俺にそんなもの求めちゃいない)
「…勝っつぁんはあぁいう思考なんだな…」
だからあんなに真っすぐなのか、と思いながら、歳三は何の気なしにゆっくりと多摩川沿いを歩いていた。
その時─…
バシャバシャ
後ろの方から川の水をたてる音がわずかに歳三の耳に届く。
ふと振り返ってみれば、目に映ったのは十になるかならないかくらいの女の子。
背丈はおそらく歳三の胸元より少し低いくらいで、顔は幼く肩につくか位の黒い髪。
そして、大きな左目の下には小さな泣きぼくろが一つ。
ドクンッ
少女の姿を見るや、まるで根がはえたのかと疑いたくなる程に、歳三の体はその場から一歩も動かなくなった。