兎心の宝箱【短編集】
「コーヒー飲む?」
二人で過ごした次の日、彼はいつもそう聞いてくる。
「ええ、薄めでお願い」
そして私もいつもと同じ言葉を返す。
初めて言葉を掛けたのは彼の方かだった。
駅からすぐそばにある大きな本屋。
仕事の帰り際いつもその本屋で通勤途中に読むミステリー小説を物色するのが私の日課だった。
ちょうど半年くらい前からだろうか? 彼は隣で同じようにミステリー小説を物色するようになった。
最初は、少し警戒したが、三十代後半のサラリーマンが持つ、特有の少し人生に疲れたかのような顔付きと小綺麗なその風貌に、次第に気にする事はなくなった。
ただ流石に半年もの間何回もすれ違うと、会釈程度はするようにはなっていた。