兎心の宝箱【短編集】
「ナンパでは無いので断らないで下さい。それにその本なら先日買って今カバンに入っています、良ければお貸ししますよ」
もう声は掛けないだろう。
そう思っていた私は、真面目な顔をして言葉を続けた彼の顔を見てつい笑ってしまった。
笑った私を見て彼も微笑む。
ひとしきり笑って気が緩んだのだろう。
気が付けば私の方から、本屋さんの中では受け取れないから、と目の前にある喫茶店に誘っていた。
「彼は、そこでもナンパでは無いのでワリカンでお願いします」
と私を笑わせてくれた。
キッカケは、そんな事。
別に運命を感じる程特別な出会いでもなかったし、喫茶店での話しぶりからなんとなく妻子持ちではないかとは気付いていた。
半年くらいは、本の貸し借りと喫茶店で話しをするだけの関係が続いたと思う。
そしてそれが当然のように私は彼に抱かれた。