兎心の宝箱【短編集】
「昔、車にひかれそうになってね。私をかばってお父さんがひかれたんだ」
突然の衝撃的な昔話に、どういってよいかわからず沈黙する。
「それでね。私泣いちゃって、お父さんにごめんなさい、ごめんなさいって誤ってたの。そうしたらねお父さんが……きっと凄く痛かったのに、笑ってたの」
彼女に取ってつらい過去の筈なのに、彼女は微笑んでいる。
まるで幼い頃、父と遊んだ記憶を話すように。
「私もその時は不思議でね。お父さん頭がおかしくなっちゃったのかと思って何で笑うの? って聞いたの。そうしたらね、お父さんは幸せだから笑うんだって言うの。可笑しいでしょ? 車にひかれるなんて凄く運が悪いのに、お父さんはね娘を助ける事ができて運が良かったって、鈴に怪我が無くて幸せだって」
彼女の頬を、一滴の涙が伝う。
それでも彼女は笑う。
ひょっとしたら涙が流れている事にも、気付いていないのかも知れない。