聖霊の宴
数多くの伝説だけを残し姿を消した英雄シルク・スカーレットの故郷「灰炎」より東に三里ほど行った所にある村「藍炎」。
そこにとある少年が住んでいた。
「はぁはぁはぁ……」
歳は今年11歳。
同い年の子どもと比べて身体は小さく、可愛らしい顔をしているので女の子の様だとよくからかわれている。
名前も女の子の様でよくからかいの対象になる。
そんな自分の名前「アニス」も小さい身体もアニスは大嫌いだったのだ。
「今日こそ…………
今日こそ!!」
村の裏手の山の中に子ども達が昔から秘密基地と称して集まる場所がある。
しかしそこに行くには子どもが飛び越えるにしては若干距離のある谷を越えなければならなかった。
無論、飛び越えることができないわけではないので橋の様に板を谷にかけることもできる。
しかしそこは子どもらしい発想というかなんというか、この程度の谷を飛び越えられない臆病者は秘密基地に入るべからずと暗黙の了解が成り立っていた。
アニスは山の上手から全力で坂をかけ降りる。
その助走を殺すことなく飛ぶことが出来れば、容易く谷を越えられるだろう。
「今日こそ…………
くっ」
しかしアニスは今日もまた谷の手前で脚がすくんで立ち止まってしまった、
「へへー、弱虫アニス!」
「意気地無しー!」
「お前みたいな女おとこは村に帰ってままごとでもしてな!!」
アニスの横を思いきり駆け抜けて、村の幼なじみ達が何の躊躇もなく谷を飛び越えていった。
アニスはすくんでしまった自分の足を恨めしそうに見た。
ハーフパンツから覗く膝に小さな水滴がこぼれ落ちて、アニスはそれが溢れ出す目をごしごしと拭った。
「なんで僕はこんなに弱いんだ」
木々の間から眩しい日差しが差し込む。
涙で青空が歪んで、アニスはたまらず叫んだ。
「僕は、僕はシルク・スカーレットの様に勇敢な男になるんだー!!」
むなしい木霊をそよ風に揺れる木々の擦れる音があっという間にさらっていった。
アニスは泥のついた足をはらうこともなく、力なく立ち上がると先ほど幼なじみ達が入っていった森の奥を少しの間だけ見つめて村に戻っていく。
「…………」
とぼとぼと歩くその小さな少年の姿を、ローブに身を包んだ怪しげな男が見つめていた。
「あの少年、面白いことを叫んでいたな」
そう小さく呟いて謎の男は愉快そうに笑みをこぼして森の中へと消えていくのだった。