聖霊の宴

博士は地面に座り込んで、アニスとゴルドに耳を近づけるように手招きをした。

二人は顔を見合わせて博士に近付く。

「ウルガー・サイロフォン・・・

ここ一年くらいにサマー・ガーデンで知らぬものはいなくなった犯罪者で、主な罪免は、子供の誘拐」

博士の神妙な面持ちとしゃべり方に、ゴルドが思わず方唾を飲む。

「彼に拐われて生きて帰ってきた子どもは未だに一人もいない。つまり彼は10数人の誘拐で金品を盗みとり、そのさらった子供を全て殺している」

最後の言葉でアニスの胸が音をたてて潰れた。

「そんな、メリル……メリルは」

博士はアニスを励まそうと口を開いたが、言葉は見つからなかった。

ゆっくりと俯く。

「よし、行くぞ」

平然と立ち上がってそう言ったゴルド。

俯いていた二人は眩しく見上げるのだった。

「なんだよいかねぇのか?メリルを、友達を助けに行かねぇのかって聞いてるんだ!?」

ゴルドはバカだ。

決して頭はよくないし、要領が良いとも思わない。

いばりんぼうで、怒りんぼう、自己中な時もある。

「…………くよ」

でも村の子どもは皆腹の内側では尊敬している。

ゴルドはバカだけど、彼は大事な決断を間違ったりしない。

「あ?なんだよ、聞こえねぇよアニス!」

アニスは右手でしっかりと自分の膝を掴んで、立ち上がる。

そして空に向かって大きく口を開いて叫んだ。

「メリルを助けに行くに決まっているだろう!!!」

アニスは全力で叫んで息が切れた。

ゆっくりとゴルドを見るとゴルドはアニスに向かって豪快に笑って見せる。

「おう!それでこそ我らが聖霊の使者だ」

アニスも笑った。

メリルが危険な状況にあるかもしれないのに、アニスの胸は高鳴っていた。

ゴルドは続いて博士を見る。

そして似合わぬ低い声で言うのだった。

「博士はどうするんだ?」

博士は俯いたままで震えていた。

頭が良いから分かってしまう。

これからゴルド達が行うことは、勇敢でもなければ無謀ですらない。

ただの犬死に過ぎない蛮行である。

「僕は……帰る」

ゴルドは一瞬泣きそうな、悲しい表情を見せた。

「そうか……それは、仕方ないな」

アニスは震えていた博士をずっと見ていた。

だから、分かっていた。

「何勝手に悲しそうな声出してるんだよ!

僕は一度家に帰って闘いに使えそうなものを持ってくるだけだ!!」

博士の震えが止まっていたことを。

そして急に晴れ渡る空のように、三人に笑顔が見えたことを。

「よし!

俺様とアニスはメリル捜索に向かう。博士は武器になりそうなものを基地にまで運んでくれ、それから……ん?」

その時ようやくゴルドは気付いた。

「みんなー!ちょっと聴いてー!!」

ラックの声がして皆が振り返る。

ラックは肩で息をしていた。

「皆、大変なんだ!

見慣れない大男が洞窟に何か怪しいものを運んでいくのを見てしまったんだ」

ラックの慌てように、ことの重大さを察する。

「なに?それは大変な事態だな!

だがこっちも、メリルが拐われて大変なんだ」

ゴルドの言葉に、最初は冗談だと思ったのかラックは隣にいた博士とアニスの表情を確認した。

二人はそれぞれに真剣な表情で頷いた。

ラックは震えながらゴルドを見た。

「そんな、メリルが……」

「俺たちはこれよりメリル捜索に向かう、ラック貴様はどうする!?」

アニスが力強く歩きだし、博士は急いで家へと向かっていく。

ゴルドは仁王立ちでラックにそう聴いた。

逃げたい。

それがラックの頭に一番に浮かんだことだった。

しかし、それを更に強い言葉が上書きし、言葉となって口をついた。

「助けたい!!」

「行くぞ!!」

「おお!」

それぞれが歩みだしていく。

アニスの手から溢れた手紙は風にのって飛んでいく。

その手紙を林の中である男が見つけるのだった。





< 394 / 406 >

この作品をシェア

pagetop