聖霊の宴

その空間は小さい部屋ほどの広さで一本の松明だけが辺りを照らしていた。

入り口から左奥にはメリルが縛られている椅子があり、右奥に巨躯の男の姿。

その男の影に隠れるようにして縛りつけられて身動きが取れずに泣いているラックが横たわっている。

松明は空間の中央、地面に突き立てられて不安定な揺らめきをしながら灯っている。

障害物になりうる物は何一つなく、男の武器と思えるものも確認できない。

博士は後ろの二人に作戦実行の合図を送った。

男はラックを縛り付けることに集中しており背後への警戒は限りなく薄れていた。

「今だ!!」

博士の合図を見たゴルドが先陣を切って飛び出し、その陰に隠れるようにしてアニスも駆けていく。

博士はまだ入り口付近で身を潜めている。

まず人質になっているメリルが急に現れたゴルドとアニスの姿に気づく。

それから2秒ほど遅れてウルガーが振り返る。

「何だおまえは!!?」

ウルガーの位置からはゴルドだけしか目に入っていなかった。

何故アニスの姿が映らなかったのかというとアニスが背が低いこともあるが、咄嗟の事態にウルガーが始めに視界に入った侵入者に意識を集めたこと、そして博士から手渡された木の盾を突きつけるようにして突進することでウルガーの死角を増やしていたからであった。

ゴルドは盾を構えたまま突進していく。

ウルガーが前方からの巨大な衝撃に備えて腰を低くした瞬間。

ゴルドの背中からアニスが中央にむかって直角に進路を変えて飛び出した。

侵入者の影から突然に現れた仲間にウルガーは意識が散乱した。

「うおおおおおっ!」

それは本来なら体格の差で無傷で迎撃していた突進に対する反応をわずかに遅らせて、ゴルドの叫びとともにウルガーの巨躯が後方に弾けた。

体勢を崩したウルガーの背中が地面に着く瞬間、淡い松明の明りが消える。

完全な闇に一瞬の沈黙が流れる。

「おい餓鬼ども!!」

それを突き破ったウルガーの怒号は確認するまでもなく最大の怒りをまとっていた。

しかしその叫び声は博士にとっては好都合であった。

三人は暗い道を進んできたのである程度目が慣れており闇の中でも動くことができた。

対してターゲットは松明といえど明るみから急に暗転し目が慣れるまでにタイムラグが生まれる。

その間に囚われた二人を助け出し洞穴から脱出する。

博士はアニスが松明の火を吹き消した直後、メリルの元へと走った。叫び声はいとも簡単に三人目の侵入者の存在をウルガーから隠ぺいしてしまう。

博士はビーズのネックレスの紐をちぎってビーズをポケットに入れて、細い紐をメリルを縛っている縄にあてがって素早く摩擦するように動かした。

「メリル今助けるからね」

暗闇の中で状況を把握できていないのはメリルも同じであり、博士はそれを作戦実行の直後に察して、本来ならば声を発することは作戦遂行においてマイナスにしかならない行動であったがメリルに声をかけた。

「博士?それに皆も」

「君を助けに来たんだ。待っててもうすぐ動けるようになるから」

元々使い古されてガタのきていた縄だったこともありもうじき博士の紐との摩擦によって切れるはずであった。

後はラックをゴルドとアニスが解放して5人で逃げるだけ。

ほとんど作戦は成功しているように見えたはずであったが、ゴルドとアニスは窮地に立たされていたのだった。





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