漆黒の少女。
自分の顔面に柔らかい物体が触れた。
眠りから覚めたばかりで目が霞んでいる。
当然、目を擦る事などは出来ないのは分かっている。俺は〝普通という当たり前〝を無くしてしまっているからだ。

この手術室には季節や時間は皆無に等しい。
外界の情報を遮断するかのように窓は無く、時間を知りたくても掛け時計の針は止まったままで仕事を放棄している状態だ。

唯一、外界の情報を知る事が出来る情報源がひとつある。
それは、背伸びをして俺の頬をリズミカルに叩く少女だ。

「やっと起きたのね、もう昼よ」

少女は黒々とした瞳を俺に向け、眠りの楽園から現実世界に呼び戻した。

「ここは時間や季節はいらない場所なんだよ。俺が時間で季節そのものだ。俺は手術室の中では神様だ。俺が起きた時が朝だよ」

と俺が発すると少女は赤く膨らんだ唇を左右に引っ張る様に笑った。

「自己中心的発想ね。でも、今のお兄ちゃんのデフォルメは掛け時計と似てるから間違えではないなもしれないわ」

少女は反論をすることも出来ないくらい上手いこと言ったので俺は『ごもっともだ』と苦笑した。

どうやら少女と会話をしている時は普通の人間に戻っているらしいのだ。

しかし、それは嬉しくもあるが苦しくもあるという曖昧な心境を作り出してしまうのだ。

恐らくその原因は〝人間の動作〟が出来ないという壁にぶつかってしまうからだろう。

壁(俺)が壁にぶつかってどうするんだと言われたら何も言い返せないのが俺の性だ。

客観の無い自分の脳と会話をしていると再び少女が俺の頬をリズミカルに叩いたので目を下ろした。




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