緋桜鬼譚
「なんてね」
冗談よ、そう言いながら離れる指にほっとする。――なんて笑えない冗談だろう。
「だってそれは朱都の役目だもの。それに本当に食べる気でいたのなら素手じゃ触れないし、ね。――ここに連れてこられる時も素肌が触れ合うことはなかったでしょう。……違う?」
その通りだ。腕を引かれて来たとはいえ、確かに掴まれていたのは衣服の上からだった。
一度この身を喰らおうとしたその時から――彼は朔緋に触れていない。
触れたのは、顔を合わせたあの時だけ。絡めた指と指、想像していたよりずいぶん冷たいその感触を、朔緋は今でも覚えている。
――その、たったの一度だけだ。