いつかまた、同じ空が見れると信じて
 それから、僕らはずっと同じ時間を過した。「おはよう」から「おやすみ」まで、そしてまた次の「おはよう」まで。杏子に促され、寝る前には必ず「生きたい」と心の中で願った。バイトも辞めた。
 寝るのがおしくて夜が明けるまで話していたこともあった。些細な喧嘩もした。散歩もしたし、海を見にも行った。
 十一月の海はとても寒かった。海の周りには小さな店が幾つか並んでいて、僕らはそこで併せ貝のストラップを買った。杏子は初め、「こんなの買ったらこっちの世界に未練が残っちゃうからだめ」っと反対していたけれど、僕は譲らなかった。どうせ杏子がいることで未練がたっぷりなんだから変わらない。併せ貝を選んだのは、貝は生まれた時のペアの貝としか絶対ぴったり合わないっていう話を聞いたことがあったからだ。

 この間に、僕は二回、彼女は五回、約束を破った。その度に、僕らは互いに寝たふりをして、気付かないふりをして過していった。



そしてついにその時はやってきた。

「自然に分かる。」

杏子が言っていた通りだった。説明は出来ないけれど、今晩が最後だということにきっと杏子も気づいているのだろう。その日、二人はいつも以上にはしゃいでいた。時間が流れる止めたい一心で、部屋の時計も腕時計もすべての針を止めた。けれどそんなことで止まるはずもなかった。あっという間に空は暗くなり、夜がやって来た。僕らはいつもより早めの夕飯を食べ、ベッドに入った。

「杏子・・・。」

こんな時なのに気の利いた言葉が全然出てこない。

「ごめ・・・」

「言わないで。」

杏子の震える声が、部屋に響いた。僕は彼女のほうを向いてそっと体を引き寄せた。必死に涙を堪える杏子の肩は、小さく震えていた。

「杏子、大好きだよ。愛してる。」

僕は嫌がる彼女の顔を強引に上げ、親指で彼女の涙を拭った。そして僕らは唇を重ね、ゆっくり目を閉じた。
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