愛、シテあげる。*完*
チャプ、と水が胸を濡らした。
あと少しで、行ける。
よく分からないけれど、あと2、3歩踏み出せば
何処かへ行ける気がする。
そこに行ったら、なんでもできるし、誰にでも会える気がするんだ。
おじいちゃんとおばあちゃんに会いたいな。
なんでもできるなら、思い切り遊んでみたい。
空を飛んだり
海に潜ったり
地上に行って悪戯も……
ん?
地上ってなんだっけ。
ピタリと止まった足。
何だろう。
何か大切なことを忘れているような気がする。
何だっけ……?
顎に手を当てて考えていると、
聞こえた。
何処かで聞いたような、懐かしい声。
淡々としてて
耳によく響く
甘い、テノールの声。
「誰?」
聞いたことのある心地よい声に、振り向こうとするけれど
夕日がもうあと少ししか残っていないことに気づいて、空を見た。
もうすぐ、夜がくる。
焦る気持ちとは裏腹に、足は止まったまま動かない。
急がないといけないのに。
でも、この声が気になる……。
波の音にほとんどかき消されながらも、その声は何度も何度も聞こえてくる。
誰?
誰なの?