約束


トゥルル・・トゥルル・・トゥル


『もし・・もし?』


怖ず怖ずと受話器から声が聞こえた。


「奈々?」
「優。」
「先生どこ?俺今家でスタンバってるんだけど。」


電話した理由が思いつかなくて、ついそんな理由をつけてしまった。
馬鹿だな、俺。

『喫茶店にいるんだけど・・・』

何故か、困ったような戸惑ったような声を出す奈々。
何があったんだよ・・・?

「どうかした?声。」
『実は・・・』


どうやら奈々は先生に映画に誘われたらしい。
ははっ、先生はとうとう本気で奈々を手に入れようとしてやがる。
そんな言い方はないか・・・せっかく奈々を幸せにしようとしてくれているのにな。

ぎゅうと痛い胸。
現実が突きつけられる。
俺は奈々を本当に心から幸せにすることはできないんだ、と。
本当は存在していない俺は・・・。


俺は大きく息を吐いた。


「なんだ!行っておいでよ。」


そして精一杯の明るい声で奈々に言った。
それが一番いいこと。
それが奈々にとって、奈々の未来にとって一番いいこと。


『え?』
「俺は家でゆっくりしてくるから、映画くらい見ておいで。」
『いや、でも・・・。』
「ここで断わったら変だろ?変に怪しまれたりしたら大変だし、行っておいで。」
『優・・あの・・。』
「なんかおいしいお土産買ってきてね」


精一杯の明るい声で。
悟られないように煥発いれずに言葉を続けた。
いや、俺がダメになる前に電話を切りたくて言葉を続けた。
電話の向こうの奈々の声が困っている、そんな気がしていたけど。


―――ブツッ


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