天使の足跡〜恋幟
学校にもそれなりに仲間はいるけれど、やっぱり昼夜を共に過ごした太田の存在には敵わない。
電話の向こうで、かすかな笑い声が聞こえた。
『そう言ってくれて嬉しいよ。──それじゃあ、7時に会おう』
「分かった」
時間通りに約束の場所に訪れると、川原の一本道を歩いている太田と再会した。
「太田!」
「槍沢くん!」
互いに駆け寄って、軽く拳をぶつける。
会わせたいという人は、もう少し先で待っていると聞き、並んでまた歩き出した。
行ってみると、男女が草原に座っていた。
一人は小柄で美人な女性、もう一人は体育会系の男性。
太田が紹介したいと言っていたのは、彼らのことらしい。
突然太田が僕を指差す。
「これが槍沢くん」
「お前か!」
「君か!」
と、同時に叫ばれて驚いた。
「夏に駅前で太田くんのこと泣かせた張本人は!」
男性の冗談に、「違うでしょ」と女性が横からツッコミを入れた。
「あたしたちも拓也くんの歌、聞いてたんだよ」
自分の歌を聞いてくれて、覚えていてくれた人がいて。
それだけでもとても嬉しかった。
その後、4人で雑談したり、笑い合ったりもして、やがてそれぞれの練習を始めた。
織理江さんと剣崎さんは斜面を下りた川の傍で歌っている。
僕らはその歌を少し離れた斜面の上で聞きながら、自分たちの譜面を見つめていた。
確実に太田はそうだったと思う。
僕はと言うと、『見つめる』というのも外観だけで、実はただ譜面の一点を、頭じゃなく目で捉えていただけ。
なぜなのか、気乗り薄だった。
さっき太田から、剣崎さんと織理江さんのことは少し聞いていた。
二人は同じ大学で、音楽活動をしている。
二人とも現役の大学2年生で、グループは結成して、もうすぐ1年半になるという。
柔らかくてみずみずしい織理江さんの声と、力強いながら背伸びしない剣崎さんの声質は違うのに、よく調和していて、つい聞き入ってしまうほど魅力的だ。