天使の足跡〜恋幟
「──バラしていいって言われてないけど」
と、唐突に太田は口を開いた。
「織理江さんは昔、男の子だったんだって」
「うそっ!?」
衝撃のあまり、声がひっくり返る。
剣崎さんと織理江さんを見比べるけれど、どう見たって、織理江さんには『男』の要素が見当たらない。
「槍沢くん、自分の体見たことあるでしょ?」
と太田自身を指差した。
「へっ!? あ、あぁ……まあ……うん……」
あの当時は驚くばかりで余裕がなかったけれど、今となっては思い出すだけでも顔が火照ってしまう。
男同士……と言ってもやはり、太田の半分は女性でもある訳で……。
脱衣所で目撃してしまった太田の白い肌が僕の脳裏をよぎると、不覚にもドキドキした。
僕は心底ダメな奴だと思った。
「ご、ごめん、本当に」
「もう平気だってば」
と太田は笑っていた。
本当にもう、気にしてないみたいだ。
「自分の体は中途半端だけどね、織理江さんの体は、もう中途半端じゃないんだって。手術で要らないものは捨てたし、欲しいものは持ってるんだって」
僕はもう一度、織理江さんを見た。
白くて華奢で、綺麗な顔。
どこからどう見ても女性にしか見えない躯体。
過去が男性だなんて、その容姿からはとても考えられない事実だ。
「織理江さんは堂々としてて、たくましいよね」
気が付けば彼らの歌は終わっていて、無邪気な笑い声に変わっていた。
はしゃぐ声は、立派な20歳とは思えないくらい。
そんな二人を見ていて僕は自信をもらった。
「大学に入ったら、また歌えるんだよな……」
そんなことを呟いていると、ふと振り返った剣崎さんと織理江さんがこちらを見、笑顔で傍へやってきた。
「練習せんの? せっかく来てんやから、歌わな!」
「あ、そうですね……」