天使の足跡〜恋幟


「──バラしていいって言われてないけど」


と、唐突に太田は口を開いた。


「織理江さんは昔、男の子だったんだって」

「うそっ!?」


衝撃のあまり、声がひっくり返る。

剣崎さんと織理江さんを見比べるけれど、どう見たって、織理江さんには『男』の要素が見当たらない。


「槍沢くん、自分の体見たことあるでしょ?」


と太田自身を指差した。


「へっ!? あ、あぁ……まあ……うん……」


あの当時は驚くばかりで余裕がなかったけれど、今となっては思い出すだけでも顔が火照ってしまう。

男同士……と言ってもやはり、太田の半分は女性でもある訳で……。

脱衣所で目撃してしまった太田の白い肌が僕の脳裏をよぎると、不覚にもドキドキした。

僕は心底ダメな奴だと思った。


「ご、ごめん、本当に」

「もう平気だってば」


と太田は笑っていた。

本当にもう、気にしてないみたいだ。

「自分の体は中途半端だけどね、織理江さんの体は、もう中途半端じゃないんだって。手術で要らないものは捨てたし、欲しいものは持ってるんだって」


僕はもう一度、織理江さんを見た。

白くて華奢で、綺麗な顔。

どこからどう見ても女性にしか見えない躯体。

過去が男性だなんて、その容姿からはとても考えられない事実だ。


「織理江さんは堂々としてて、たくましいよね」


気が付けば彼らの歌は終わっていて、無邪気な笑い声に変わっていた。

はしゃぐ声は、立派な20歳とは思えないくらい。

そんな二人を見ていて僕は自信をもらった。


「大学に入ったら、また歌えるんだよな……」


そんなことを呟いていると、ふと振り返った剣崎さんと織理江さんがこちらを見、笑顔で傍へやってきた。


「練習せんの? せっかく来てんやから、歌わな!」

「あ、そうですね……」

< 18 / 88 >

この作品をシェア

pagetop