天使の足跡〜恋幟
2
11月も3週目に入り、また少し寒くなった。
アパートも結構古くて寒いけど、僕の出身地はこれ以上に寒いので、あまり贅沢は言えない。
その頃、太田が僕のアパートに戻ってくることになって、僕らはまた共同生活を始めた。
バイトから帰って来た僕が、玄関のドアを開けるなり、
「お帰りなさーい」
と、太田の微笑みが出迎えた。
料理をしていたらしい。手にはフライ返しが握られていて、伸びた髪を後ろで結んでいる。
部屋に上がってキッチンを覗き込むと、フライパンの上でハンバーグが美味しそうな音と香りを放っていた。
「拓也くんも食べるでしょ?」
「食べる! ありがと」
太田がうん、と頷いた後、まとまりきらなかった横髪を、すっと耳に掛ける仕草をして前に向き直る。
僕は、その一瞬の出来事に見とれてしまった。
髪を結んでいると、やっぱり女の子だ、と思う。
前より、髪が伸びたせいかもしれない。
「いっそ女子だったらなー……」と心の中だけで呟いたつもりが、うっかり外に漏れていたらしく、
「ん? なにか言った?」
と太田が振り向いたが、どうやらハンバーグの焼ける音が幸いして、聞こえてはいなかったようだ。
「あ、いや、別に」
僕って奴は、何を考えてるんだか。
我に返ってリビングに進むと、洗濯物はベッドの上にきちんと畳まれているし、出しっぱなしのマンガや教科書が、あるべき場所に収められていた。
「キレイになってる!」
感心しながらも、太田が戻ってきたことの有り難みを実感する。