天使の足跡〜恋幟
「おーい」
うつ伏せに寝ている太田の背中を、剣崎さんがバシバシ叩いて声をかける。
太田は半ば意識の戻りかけた頭で、
「ん……? 誰……?」
と呟いた。
目蓋をそっと開けた太田の瞳が捉えたのは、剣崎さんの眩しすぎる笑顔であろう。
「太田くん、おはよーサン!!」
しばらく状況が見えず、眉に皺を寄せたまま、剣崎さんを見ていた。
剣崎さんはニコニコと笑っている。
「いつまで寝てん? 起きろ!」
完全に目が覚めて、わっと悲鳴を上げた。
そして項垂れて、額を押さえる。
「何でいるんですか! もー!」
「『何で』って随分イケズやなあ」
少々口をへの字にして嘆いたのち、パッと気を取り直して笑顔を見せる。
「遊びに来たのが半分で、もう半分は、街で歌うから誘ってやろー思って。太田くんも行くんやったら準備してな。織理江があっちで待ってるで!」
わざわざ僕の家まで来てくれた剣崎さんと共に、電車で1時間かけて、比較的大きな街に出かけた。
いつも僕と太田が歌を披露する街だ。
「待たせたなあ、織理江」
「全然! じゃ、始めよっか!」
4人で駅前の通りに出て、ギターケースを開ける。
剣崎さんと織理江さんが歌い、僕と太田が歌い。
交互にまぜられた公演をしている時、集まってくれた客のかなり後ろの方で、じっと織理江さんを見つめる男性がいた。
気のせいだろうと思ったけれど、やはりそうだ。
普通の客とは違い、何か不安のようなものを抱えた面持ちで──。
おそらく太田も剣崎さんも、織理江さんも気付いていない。
僕は切の良いところで剣崎さんに声をかけた。
剣崎さんは僕に教えられてその男性の方を見ると、血相を変えて「何でや……」と呟いた。
「知り合いですか?」
その問いには答えず、剣崎さんはギターをケースにしまい込み、さっさと去っていく。
どこか、苛立ちを抑えている風にも見えた。
「あれっ? ちょっと、恋助!!」
異変に気付いた織理江さんの呼び止めも、全く無視してどこかへと歩いていく。