天使の足跡〜恋幟
あの明朗で快活な剣崎さんが、こんな風に去っていくのを初めて見ただけに、何かただならぬ気配を感じた。
それを感じたのは太田も同じだったようで、
「ちょっと行ってくる」
と告げて、太田は剣崎さんの背中を追いかけていく。
残された僕と織理江さんは楽譜を整理して、自分たちのギターの他に、太田の分のギターもケースに収める。
そうしているうちに客はそれぞれ去っていく。
そして近くには誰もいなくなった。
ところが、不意に譜面に影が落ちる。
ふと顔を上げると、あの男性がいた。
歌っている間中、織理江さんを見ていたあの男性。
「調子、どう?」
容貌は紳士的で、声はアナウンサーでもいけるんじゃないかと思うほど、ざらつきのない滑らかさだ。
「うん……久しぶり」
織理江さんが苦し紛れに微笑すると、相手も同じ顔をした。
二人の間に流れ始めたゴワゴワした空気から、過去に何かあったのだろうと気付く。
だから僕は、あえて屈んで楽譜の整理をしてみたり、携帯電話を見てみたり、聞いていないフリをしていた。
「楽しそうだな。さっきの曲も、良かった」
「ありがとう」
会釈した彼女に、次の台詞がかかる。
「でも、もったいないよ。ここで遊んでるだけだなんて」
「『遊んでる』って、そんな……」
言い終わる前に、
「なあ」
と、顔を覗き込む。
「俺と組まないか、もう一度」