天使の足跡〜恋幟
その言葉に、僕は聞かないフリを忘れて、わずかに振り返ってしまった。
だって、衝撃的だ。
織理江さんには剣崎さんというパートナーがいて、今のままでも十分素敵なのに、それを振って「組もう」と誘っている。
しかも、「もう一度」と。
織理江さんはちらりと僕に目をやってから、苦笑して答えた。
「……ごめん、あたしじゃ無理だよ。邪魔になっちゃうから。それに、今のままで満足してるの」
男性は、断られるのを知っていたかのように頷いて、首を傾げた。
「剣崎と歌うことが?」
「そう」
男性は小さく息を一つ吐いて、織理江さんに楽譜を返した。
「そうか。残念だな」
その時、
「順二!!」
と叫ぶ馬鹿デカイ声が響いてきて、僕たちは同時に声のする方を見やる。
遠くからドカドカ歩いてくるその男は、立ち去ったはずの剣崎さんだった。
剣崎さんは近くまでやってくるなり、
「帰れ」
と、いつもの優しい顔が一変して、想像もつかないくらい威厳のある表情で唸った。
数秒にらみ合った後、「順二」と呼ばれた男性は背を向けて去っていった。
順二さんの足音が聞こえなくなるまで見送ってから、織理江さんに向き直る。
心配そうな顔をしていた。
「何してん?」
「話してただけ」
「ウソつけ! 困った顔しとったやんけ!」
「嘘じゃないし! ていうか、あたしに怒らないでよ」
はあー、と長い溜め息をつき、膝に手を置いて項垂れた姿勢をとる。
「あいつの考えてること、分からん……」