天使の足跡〜恋幟
「正直言うと、そう思ったことある。……不安なんだ。学年が上がって勉強や進路に追われて、今みたいに自由に歌える時間がなくなると思うと、夢が本当に夢で終わる気がした……」
太田は何も言わなかった。
天井より上を見るような目で、じっと天井を見ている。
きっと、僕のネガティブに呆れたのだろうと思い、僕は再び壁を向いた。
瞼を閉じる。
太田も、寝返りを打って僕に背を向ける。
そして、遠のきかけている僕の意識にそっと、こう告げた。
「……自分は進学する。大学で、織理江さんや剣崎さんみたいに音楽活動がしたい。
前に、『槍沢くんの隣で歌いたい』って言ったけど、槍沢くんには夢で終わってほしくない──」
小さな声は、一瞬、冷たい風の音に聞こえた。
もっとも、それは僕が眠りかけの夢を見ていたからかもしれないが。
そうでなくても太田の声は時々、快い風の音になる。
僕は今しも、その風音を聞きながら、完全に眠りに就こうとしていた。
「せめて、槍沢くんが歌を続けている間だけでも、隣にいて良いかな……?」
その言葉の意味を、その時の僕は理解できなかった。
彼の言葉に返事をしたかどうかも、覚えていない。