天使の足跡〜恋幟
2
「太田くん、ちょっと」
担任の女教師に手招きされ、職員室に入る。
彼女の机の前で、一枚の紙を出された。
進路調査書だ。
「出してないの、太田くんだけよ? どうして?」
「まだ決めてなくて」
「もう皆は進路を決め始めてるのよ。ご両親と話し合った? あなたなら狙える学校はいっぱいあるのに。そろそろ考えてみても良いんじゃない?」
「別に良い大学を出たいと思ってる訳じゃないし」
どうして? と驚いている担任と同じように、遠くの机で他の教師と話していた加奈も、癒威を振り返っている。
癒威は、担任から視線を逸らした。
「もっと、ゆっくり考えたいんです」
「先延ばしにして、困るのはあなたなのよ」
「だからこそ、ちゃんと決めたいと思っています」
「……仕方ないわね。ちゃんと両親と相談して」
「はい。失礼しました」
加奈は、目の前を通り過ぎていく癒威を目で追い、彼が職員室を出た数秒後に彼女も退室してきた。
「太田くん!」
太田は足を止めると、加奈を振り返る。
並んで立つと、あまり身長に差がない。
169.5㎝の太田と並ぶとは、女子にしては大きい方だろう。
「先生と何話してたの?」
「進路のこと。咲城さんは?」
「部活のこと。太田くんは、まだ進路決めてない?」
「実は決まってるんだけど、一緒の大学に行きたいと思う友達がいるから、まだ出さないだけ」
ふーん、と納得したように加奈は頷いて、その後すぐに笑った。
「その友達って、三谷くん? 丹葉くん? それとも、タクかな?」
心臓が一瞬、止まったかと思った。
的を射た質問に呼吸のテンポをずらされて、癒威は軽く咳払いする。
「三谷はともかく……槍沢くんの名前が出るとは思わなかった」
「だって、二人は仲直りしたんでしょ? 一緒に歌ってるのを見たから、そうじゃないかなーって」
加奈の、和やかでいながら本質を見抜いた発言には、毎度驚かされる。
「知ってたの?」