天使の足跡〜恋幟









「太田くん、ちょっと」


担任の女教師に手招きされ、職員室に入る。

彼女の机の前で、一枚の紙を出された。

進路調査書だ。


「出してないの、太田くんだけよ? どうして?」

「まだ決めてなくて」

「もう皆は進路を決め始めてるのよ。ご両親と話し合った? あなたなら狙える学校はいっぱいあるのに。そろそろ考えてみても良いんじゃない?」

「別に良い大学を出たいと思ってる訳じゃないし」


どうして? と驚いている担任と同じように、遠くの机で他の教師と話していた加奈も、癒威を振り返っている。


癒威は、担任から視線を逸らした。


「もっと、ゆっくり考えたいんです」

「先延ばしにして、困るのはあなたなのよ」

「だからこそ、ちゃんと決めたいと思っています」

「……仕方ないわね。ちゃんと両親と相談して」

「はい。失礼しました」


加奈は、目の前を通り過ぎていく癒威を目で追い、彼が職員室を出た数秒後に彼女も退室してきた。


「太田くん!」


太田は足を止めると、加奈を振り返る。

並んで立つと、あまり身長に差がない。

169.5㎝の太田と並ぶとは、女子にしては大きい方だろう。


「先生と何話してたの?」

「進路のこと。咲城さんは?」

「部活のこと。太田くんは、まだ進路決めてない?」

「実は決まってるんだけど、一緒の大学に行きたいと思う友達がいるから、まだ出さないだけ」


ふーん、と納得したように加奈は頷いて、その後すぐに笑った。


「その友達って、三谷くん? 丹葉くん? それとも、タクかな?」


心臓が一瞬、止まったかと思った。

的を射た質問に呼吸のテンポをずらされて、癒威は軽く咳払いする。


「三谷はともかく……槍沢くんの名前が出るとは思わなかった」

「だって、二人は仲直りしたんでしょ? 一緒に歌ってるのを見たから、そうじゃないかなーって」


加奈の、和やかでいながら本質を見抜いた発言には、毎度驚かされる。


「知ってたの?」
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