天使の足跡〜恋幟
癒威は少しの間、口を閉じた。何と言えばいいのか迷っていた。
「自分が思うに……たぶん剣崎さんは、あの日、本当は順二さんと話をしようとしたんじゃないかと思うんです。1回は逃げたのに、わざわざ順二さんの所に戻って来たから……」
一度目を丸くして顔を上げた順二だが、すぐに目を伏せた。
「そうか……」
悲しげに笑って、空を見上げた。雪が、真っ直ぐに落ちてくる。
順二がしたことは、確かに正当とは言えない。
恋助たちの気持ちも、よく分かる。
二人が心を込めて書いた曲を自分のものにした上、それで楽にデビューまでの道を切り開いてしまったのだから。
けれど、癒威はそれを心の中でさえ咎めることはできなかった。
彼もまた、身に覚えあることだったからだ。
槍沢拓也の一番大切な曲を、自分の物のように歌っている。
本人の了承があるという点では異なるが、拓也と離れていた間も、自分が作ったかのように一人で歌い歩いて、客を惹きつけていた。
それは相手が拓也だったから許してくれたのであって、考えることは一人ひとり違う。
人が変われば考え方も変わる。
他人の考えている感情が、顔に出る感情と必ずしも一致しているとは言えない。
剣崎は、順二のことを癒威たちに話した時、この事件については語らず、隠していたようだ。
しかし心の底では順二をいまだに憎んでいるのだと思うと、なんとなく不安になる。
あの時、順二と向き合った剣崎の豹変ぶりから、それが窺えた。
いつも朗らかな剣崎が、あんな風に怒鳴ったのが目に焼きついて離れない。
(──槍沢くんだって、分からない。本当は、怒ってるのか? 剣崎さんのように、表に出さないだけ──?)
「……不思議だよな。悪いって知ってて実行して、責められたら正当化。本当は自分のせいだって気付いてて、相手に許してもらいたがる……結局、どっちも意地張って、謝りも許しもしないなんてさ」