天使の足跡〜恋幟
第1章:冷える夜に
1
肌寒い夜、川原に歌声が響く。
ギターの玄を弾いた。
まめだらけの左手の指先が、更に固くなっていた。
それにも関らず唇からこぼれる歌声は暖かで、それでいて凛としている。
歌声は、川の音にも負けないくらい響き渡っていた。
ギターもまた、風をも曲の一部にしそうなほど良い音を発している。
緩やかな草の斜面に座って歌っていた彼は、楽譜に何か書き足すと、もう一度ギターを抱えて息を吸い、吐いた。
息がわずかに白む。
かじかむほどの寒さではないが、吐息を指先にかけて、もう一度深く息を吸い込み、歌い始める。
気が付けば、いつの間に斜面を下って来たのか、見知らぬ青年が隣に腰を下ろしたところだった。
歌いながら目を向けると、その青年が日焼け色の肌をした顔で、ニコニコと笑顔を見せていた。
「こんな所で歌ってたん?」
関西弁でそう問い掛けられる。
「ほんまに歌、上手いなあ」
少年は白い頬を赤く染めた。
照れ臭さ故だろう。
ところが次の台詞を聞いた頃には、青ざめることになるのだ。
「姉ちゃん、一人?」
ガシャンッ!
ギターが不自然に止まり、一気に血の気が引く。
都合のよい相手でも探していて、ターゲットにされてしまったのだと思った。
歌う気もすっかり失せて、一つ溜息をこぼした。
「姉ちゃんって……残念ですけど、男です。遊び相手探しなら、他に行ってください」