天使の足跡〜恋幟










「珍しいこともあるもんやなあ」


講義が終わった午後の食堂は、学生たちで賑わっていた。

そんな中、恋助と織理江はテーブルについたまま、目の前に立っている順二を静かに見上げていた。



「少しだけ、話を聞いてほしいんだ」

「俺、見下されてるみたいやんか。座れよ」


そっけなく促されるままに座る。

織理江は話を聞く姿勢になって、持っていたスプーンを置いた。

しかし恋助は、なおも食べ続けている。

全く話を聞く気がないのだと思い、順二はゆっくりと頭を下げた。


「ごめん」


その途端、咀嚼(そしゃく)が止まる。


箸を置くと一気に水を飲み下し、空になったコップを叩きつけるように置いて、やおら頬杖をつく。

テーブルの一点を見つめている瞳の奥に、苛立ちの色が見えた。


「はァ? 『ごめん』? 何が?」

「全部」


恋助は挑発的に笑う。


「何を今更……もう、あん時の三人の曲は、三人の曲やない。お前だけのモンになった。俺たちはもうあの曲歌われへんねやぞ」

「分かってる」


順二の頭は上がったが、目だけはずっと下を向いたままだ。


織理江は心配そうな顔で二人を交互に見た。
< 40 / 88 >

この作品をシェア

pagetop