天使の足跡〜恋幟
途端に、胸が苦しくなった。
温かなその台詞は、心臓にガラスの破片でも突き立てるかのようだった。
嬉しいとか恥ずかしいとか、そういう感情がついていくことよりも、ただ驚きで目を瞬かせることだけで精一杯だ。
『なんであたしが?』と考え、『どうしよう……』と不安にもなり、目をパチクリしながら、視線はしどろもどろに地を這った。
* * * * * * * *
「おじゃましまーす」
「おーっ! 今日の主役やで!」
「拓也くんお帰りー」
僕は靴を揃えて脱ぎ、部屋に上がっていった。
「うわー、きれいな部屋ですね。無駄がないっていうか」
「拓也くんのコメント最高やな! 織理江なんか『貧寒』て言うんやで」
「あっ剣崎さん、その鼻! どうしたんですか!?」
剣崎さんの高い鼻柱には、小さく切った湿布が……。
「織理江がコイツ投げよった」
言いながら、テーブルの上の2リットルペットボトルを撫でている。
まだ未開栓のそれが顔面に当たる瞬間を想像して、僕は目を細めてしまう。
「細いくせして、力だけは……」
と苦笑して、「あ、どこでもええよ、適当に座って」と促してくれた。
時計は、7時55分。織理江さんなら、とっくに来ているはずなのに。
「織理江のやつ、遅いな」
「織理江さんなら」
と、太田が言う。
「さっき順二さんと──」
名前を聞いた剣崎さんの顔が、一瞬……ほんの一瞬だけど、固まった気がした。
剣崎さんは視線を床に落として、何か考えているようだった。
「……ま、ええか。あと10分待って来なかったら、先に始めよー」
剣崎さんは笑ってそう言った。
* * * * * * * * *
しばらく考えた後、織理江は真っ赤になった顔を隠すようにして、そっと頭を下げた。
「ごめん……」
そして、顔を上げて話した。
「嬉しいけど、応えられない……だって、あたし……」