天使の足跡〜恋幟
順二は、彼女が“元男性”である事実を知らない。
それを打ち明けるべきかどうかを考えている間、順二の真剣な表情が、織理江の瞳に映り込む。
「やっぱり恋助が好きだから、とか?」
否定もせず、そっと目を閉じて言葉を探した。
「そうだと思ってた」
そう言われた織理江は、とっさに首を振った。
ここで恋助のことを話したら、また二人の仲が悪くなりそうだと、感じていた。
嫉妬……するかどうか今は置いておくにしても、せっかく丸く収まった関係が、気まずい三角関係になってしまうのは間違いない。
それだけは、避けたかった。
ここで本当のことを言わなければ、こんな自分を好きだと言ってくれた彼に申し訳ない気がして──
「……黙ってて、ごめんね」
「いや、織理江が誰を好きになろうと自由な訳だし……」
「違うの! ……そうじゃないの」
叫ぶように言葉を遮った織理江は、震える声で言葉を吐き出した。
「あたし……高校までは男の子だったの……っ」
「え……何……?」
「織理江じゃなくて、亮太! 坂月亮太! それが、順二の気持ちに応えられない理由なの!」
順二は困った表情で言った。
「……冗談だろ……? だって……」
全然、男に見えない。
そう言いたげな順二の口は、すぐに閉ざされた。
織理江が首を横に振り、真っ直ぐに見つめ返して言う。
「……騙して、ごめんね」
彼女の決意に満ちた表情から、順二は嘘ではないのだと理解し始めた。
織理江は話し続ける。
「あたしが男の子だったことも、恋助は分かろうとしてくれて、気にしないでくれて、あたしとどう接するか悩んでくれて……それでも一緒に歌ってくれた。それがすごく嬉しくて……だから……叶わない片思いしてるって、気付いたの」
「……そうか」
何事もなかったかのような、爽やかな返答だった。
「そうだったんだな」