天使の足跡〜恋幟
ふと顔を上げた時、順二は肩の荷が下りたような、安らかな顔をしていた。
それから織理江を見る。
「昔のことなんてどうでもいい。たとえ男だったとしても……って言っても、振られちゃうよな。俺は恋助には勝てないし。なら俺も、片想いするだけだ」
「順二……」
話そうとすると、涙腺が警告を出す。
「あたし……っ」
言いかけて、涙が溢れた。
辛い……。
今すぐにでもどこかへ行ってしまいたい……。
申し訳なくて、そんなことをいちいち気にする自分も嫌で……。
何よりも、罪もない人の気持ちを裏切るような、自分の存在が……。
「泣くなよ」
織理江は頷き、何度も涙を拭った。
そんな彼女の頭を、順二は優しく撫でる。
もう一方の手を伸ばせば、小さな体を抱き寄せてしまうこともできたけれど、しなかった。
彼女が求める温もりは、この手ではないと分かっている。
「恋助のことなら何でも聞けよ、相談に乗るから」
「うん……」
「ほら、もう行かないといけないんだろ? 時間過ぎてる」
ありがとう、と涙声のまま礼を言って、踵を返しかける。
「ホントに、ありがと……また、学校でね」
手を振り、泣き濡れた笑顔を残して去っていく。
そして、心の中でそっと、感謝した。
(こんなあたしを好きになってくれてありがとう。相手を振る痛みも覚えたし。順二には、ありがとうじゃ言い足りないよ……)
振り返らず公園を出て、恋助の部屋までずっと歩き続けた。
* * * * * * * *
午後8時20分、ベルが鳴った。
織理江さんだと確信した僕がドアを開ける。
いつもみたいに髪型も化粧も可愛いけれど、少し目が赤い織理江さん。
何かあったのだろうか?
とにかく笑顔で迎え入れて、一緒にリビングに戻る。
「ケーキ選んでたら遅くなっちゃってさー。ホールじゃなくてごめんね」
織理江さんが開けた箱を、皆で覗き込んだら歓声が湧いた。
彩りの良いケーキがきれいに並んでいる。ずいぶん高くついたことだろう。