天使の足跡〜恋幟
5
「出かけてくるわ」
「えっ、今から?」
織理江の返答はもっともだった。
たった今、拓也と癒威が帰ったばかりで、しかも10時半を過ぎているのに恋助は出かけると言うのだ。
しかも、ギターを持って。
「あたしも一緒に行く」
玄関まで彼を追いかけて言うが、
「一人で考えたいねん」
と、なんの躊躇もなく往(い)なされた。
靴に踵を入れて、出がけに、
「もし帰るんやったら、鍵、頼む。合鍵あるやろ」
「あ、うん……」
返事も最後まで聞かずに、ドアが閉まった。
* * * * * * *
暗闇の河川敷に、冷たい弦の音が響き渡る。
哀愁をまとう旋律と共に。
客は誰もいない。
客を引くための曲でもない。
かといって、誰かのために奏でる曲でもない。
自分の悶々とした思いを鎮めるための歌。
スコアもない、メモもない。
ただ衝動的に気持ちを歌にして、吐き出す。
それしか拠り所がなかった。
歌いながら、考える。
あの時──織理江と順二がより親しくしていることを知った時、確かに動揺していた。
二人の間に『仲間』としての感情以外の何かが発生し始めたのも分かっていた。
他人事だと思い込もうとしてきたが、それは時間の無駄だったことにようやく気付いた自分がいる。