天使の足跡〜恋幟
ギターから弾き出される明るい音。
女性の繊細で瑞々しい歌声と、男性の柔らかくて伸びのある歌声。
低音は温かく、高音は優しく。
冬にピッタリのラブソングだ。
彼らの唇からこぼれる詞が、寒さも忘れるくらい温もりを感じさせてくれる。
一曲が終わると、空気を壊さないよう、小さく拍手した。
「ありがとう。あたしは坂月(さかつき)織理江(おりえ)。
こっちは仲間の剣崎(けんざき)恋助(れんすけ)。見ての通りの大阪人。私たち、大学の歌仲間なんだ。あなたは?」
「太田癒威です」
「へえ、お前太田って言うんか! 高校生やろ?」
「はい……どうしてそれを?」
「こないだ駅前で歌聞いて、泣いてた子やろ? あれ見てた」
拓也の路上ライブを思い出す。
──まさか。
あのギターケースを背負った関西弁の男性は恋助……?
すると織理江は『大丈夫?』と声をかけてくれたあの女性……
思いだした……。
「1回だけ、制服着てんのも電車で見てん。えっらい別嬪サンやったから、忘れられへんかってん」
「こら、恋助!」
織理江は背中を思い切り叩いた。
「男の子に向かって美人言うたらアカン!」
と、わざとらしい関西弁でつっこんでみせる。
彼女は大阪人ではないらしいから、それは恋助の影響だろう。
しかし、逸早く男子と認めた彼女には、本当に驚いた。
拓也でさえも、女子に見間違えたのに。
「ごめんね、癒威ちゃん。この人、本ッ当に失礼な人だから」
困ったように笑っている。
「あ、いえ」
と首を振っておいた。
織理江の言葉には、全く嫌味の要素はなかった。
恋助に『姉ちゃん』呼ばわりされると腹が立つが、織理江の優しい声で『癒威ちゃん』と言われるのは、全く悪い気はしなかった。むしろ嬉しいくらいだ。
「あの、坂月さん」
と声を掛けると、「織理江でいいよ」とにこやかに言った。