天使の足跡〜恋幟
「ほんまにごめん。寝不足でイラついてん」
部屋の中に入っていく恋助の後ろに織理江も連なる。
大きめのパーカーにひざ丈のスウェット、その下にレギンスという恋助の部屋着姿。
さっきまで寝ていたのだろう。柔らかそうなクリーム色の髪には、少し寝癖がついている。
人に会わない時はラフになるところは、彼も同じようだ。
「いいから寝てて」
背中を押してベッドまで誘導する。
恋助が座るとすぐ、机の脇の棚から体温計を取り出して渡してきた。
「さっさと熱計る!」
織理江に従って熱を測っている間にも、彼女は冷却シートを貼り換えたり、冷たい飲み物をテーブルに運んだりと、テキパキ行動している。
この部屋には慣れていて、どこに何がしまってあるかまで100パーセント把握済みだ。
その様子に感心していたのも束の間。
突然、鼻先ぴったりに雑誌が突き付けられた。
「え、なに?」
近すぎて見えない。だが、手にとって離して見たら……
「あ、あはは……」
表紙には、艶っぽく笑っている豊満な水着女性の写真。
しかし見上げた先には、鬼のような織理江の顔。
織理江はそれを丸めると、ぱしんっ! と頭を叩いた。
「没収!!」
恋助はまた苦笑して、体温計の刺さっていない右手を額の前で立てた。
「すんません、許して下さい」
どこに隠しても毎回見つけられてしまう。
部屋を知りつくされているというのも困ったことだ。
ちょうど計測が終わり、見てみると38.0度を示していた。
さっきの丸めた雑誌で「さっさと寝る!」と、再び頭をパカパカやる。
毛布をかけてやって、彼女はベッドの下に正座した。
ベッドに横臥する恋助の顔と、傍に座っている織理江の顔はほぼ同じ高さにあって、視線を合わせながら話すことには不自由ない。