天使の足跡〜恋幟
「熱あるのに、何で早く言わないの!?」
「何でお前に言わなアカンねん。俺の彼女ちゃうやろ」
その一言に、織理江は息を詰めた。
彼女じゃないことは分かっている。
けど、本人の口から聞いた時の気分はなおさら酷い。
その気持ちを堪えて、何と答えようかと悩んでいたら、だいぶ間が開いてしまった。
「……あたしには言って欲しかった。仲間、でしょ」
恋助はじっと、織理江の顔を見つめた。
「もし電話したら、心配してくれた?」
「当たり前でしょ? 今だって飛んで来たじゃない」
髪だってこんなだし、とぼやいている。
剣崎はそっと手を伸ばすと、指先でその髪に触れた。
栗色の髪は、柔らかくて温かい。
一本一本が細くて、シルクのようにスルリと指から零れ落ちていく。
「……ええ匂いする」
「料理してたから」
「もし……具合悪い時メシ作れ言うたら、作ってくれるん?」
「作るよ」
「代わりにレポート書いて、って言ったら?」
「半分だったら書いてあげる」
「なら、一緒に風邪引いてくれるんかいな?」
「人に移すと治るとか言うし、別にいいけど」
「マジか」
「うん」
尋問に堂々と答えたら、恋助は微笑んだ。
「風邪サマサマやな」
「辛い時はお互い様。何でもやってあげるよ、あたしにできることだったらね」
「何でも? ホンマに何でもしてくれるん?」
「うん」
その言葉に嘘はない。
いつだって心から、そう思っているから。
「なら──」
恋助は、しばらく視線を逸らしたのち、再び織理江の顔を見た。
瞳を、その奥を、ただじっと、瞬きもせずに。
そして、唇から低い声を漏らした。
「キスしてくれ──」
届かないと思っていた相手から、願ってもない言葉。
胸が締め付けられた。
「なっ……」
動揺を悟られまいと、慌てて笑顔にすり替える。
「な、何言ってんの、も~、冗談でしょっ!」
「俺、本気やで」
笑って誤魔化す織理江とは裏腹に、恋助の目は真剣だった。
まさか──
そんな──
嬉しいけど──
「……だめ……」