天使の足跡〜恋幟
「ひどい……」
と呟く声に、
「俺の気持ち分からんお前もな」
と声が重なった。
鋭い一声にハッとして、織理江は口を閉じた。
「お前、いっつも自分のことばっかりや。男やったからどうとか、そんなんばっかり言うて、俺の話はちっとも聞けへんやんか。そしたら俺の気持ちはどうなるん? 俺の気持ち無視して、自分だけ無難に済まそうとしてるお前の方が酷いやろ?」
眉を顰めて、子供を叱りつけるような目でそう言った。
織理江も睨み返した。
「無視してなんかない。無難に済まそうとも思ってない。今は良くても、それでも、後悔するかもしれないでしょ!? もう傷つきたくないの……」
その時だった。
苛立ちながらベッドから降りた恋助が、織理江の前に座る。
その手が、彼女の頬を捉えた。
すっ──と、体が引き寄せられたかと思うと、気がついたときには、もう、互いの唇が触れ合っていた。
2、3秒間の短いキス。
だが、とても長い時間のように感じた。
そっと離れるとすぐ、唇がジワリと熱を帯びた。
「好きや」
少し眉を寄せた苦しそうな表情で、恋助は囁いた。
「お前が好きなんや」
真っ向からそう言われて、織理江は俯いた。
胸が熱くなって、涙が止まらなくて、ぽたぽた落ちていく。
それを恋助は拭ってやり、それから、努めて優しく彼女の小さな肩を抱き締めた。
胸に抱かれながら、織理江は震える声で尋ねた。
「あたしなんかで良いの……?」
「“なんか”って言うな。後悔せえへん。織理江がええねん。他のヤツのもんになんてから、我慢する方がキツイわ」
サラリと髪を撫でた後、再び手が頬に添えられた。
「俺は絶対、傷つけたりせえへん。約束する」
強そうで大きな、骨ばった手。
その手の熱も、決意も、優しさも力強さも全てが肌を通じて伝わって来る。
その手に、自分の手を重ねた。
視線を合わせ、そして、もう一度。
二人はゆっくりと目蓋を閉じ、唇を合わせた。