天使の足跡〜恋幟
そう言われてみたら、僕にもそんな時期があったことに気が付いた。
今でこそ加奈を嫌がっているが、幼かったあの頃は毎度、加奈と遊ぶのを楽しみにしていたのだ。
でも、月日というのは本当に不思議な現象をもたらしてしまう。
毎日少しずつ教養を重ね、いろんなものを見るというだけで、あの頃の純粋で柔らかな気持ちは背丈と共に薄く延びて、何の変哲もない紙のようにペラペラにしてしまうのだ。
「大人になった、ってことじゃないのかな」
そう言ったら、加奈は笑って頷き、それから窓の外を見た。
僕は、加奈のその横顔を眺めていた。
そうしたら、理由もなくドキドキした。
昔、泥だらけになって遊んだ加奈が──今では声も聴き飽きたはずの加奈が、何か違う人間みたいに見えた。
おしゃれや、薄く化粧もしてるけれど、そういう飾りのせいではないらしい。
髪の一本一本は余すところなく光っていて、白い肌は透き通って見え、車窓から差す光のせいかもしれないが、遠くを見る瞳は宝石のようにきらきらと輝いているかのような……
なんというか触れがたい感じがしたのだ。
急に加奈が僕の方を顧みた。
「どうしたの?」
「別に」
とそっけなく返した後、少し間を置いてから冗談を言う。
「彼氏でもできた?」
本当に、冗談のつもりだった。
こんな世話焼きの、うっとうしい女なんかに寄りつく奴などいるもんか。
だから加奈も笑って、そんな訳ないでしょ、とか何とか言って、冗談で終わると思っていた。
だが、そうならなかった。
加奈は目を細め、頬をわずかに染めて、こう答えたのだ。
「どうして分かったの?」
それを聞いたとき、僕は息苦しさを感じた。
「なんとなく……そう思っただけ」